竹生島を後にして今津港に向かう。次に訪れる日が来るかどうか、分からない。



竹生島

 

竹生島について、今までさんざん言及してきたが、実際に竹生島を訪れるのは今回が初めてだ。

 

竹生島は葛籠尾崎(つづらおざき)の南約2キロメートルに位置し、滋賀県長浜市早崎町に属する。全島が針葉樹に覆われており、琵琶湖八景のひとつにも数えられる。島の周辺は深く、西側付近は琵琶湖最深部(104.1メートル)である。

 

竹生島には定期船が発着する港が島の南側に一か所あり、数点の土産物店と寺社がある。寺社関係者と店舗従業員はいずれも島外から通っているため、無人島となっている。


今津港を出発してすぐに美しい景色が広がる。今日の旅は良いものになりそうだ。


竹生島はすぐ近くに見えているのだが、それでも30分くらいの船旅になっただろうか。


宝厳寺本堂。秘仏の大弁才天は724年聖武天皇の勅命により、僧行基が開眼した。次回御開帳は2037年。

 

平成12年(2000)5月、江戸時代初期に焼失したと伝わる「三重塔」を約350年ぶりに復元した。



竜神拝所から鳥居めがけて、「かわらけ」投げを行うため、鳥居の下が真っ白になっている。


今津港に向かう舟がやってきた。長浜、彦根からの船便もある。竹生島滞在時間は約75分。


 

 

 

竹生島は二つの峰をもち、北部の最高峰は標高が197.6メートル(琵琶湖の湖面は標高が約85メートル)。全島が花崗岩の一枚岩から成る。船着場に降り立てば、いきなり勾配の急な石段が迫り、数えて登れば165段。

 

古来、信仰の対象となった島で、神の住む島とも言われる。南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺(西国三十三所三十番)がある。竹生島神社は、明治の神仏分離令に際して弁才天社から改称した。本尊の弁才天は、安芸の厳島、相模の江の島とともに日本三弁才天の一つに数えられている。 

 

このあたりにはカワウが多いと言うが、この水鳥達がそうなのか、遠くてよく分からない。


竹生島の概観図。平成25~30年まで国宝「唐門」重文「観音堂」などの修復工事が行われている。


宝厳寺のホームページでは、弁才天と弁財天の両方を使っている。弁財天はもともと古代インドの水の神様。

 

舟廊下は朝鮮出兵のおり、秀吉の御座船として造られた船櫓を利用して造られた。「国宝」と書かれているが、ホームページでは「重文」となっている。


国宝の唐門。豊国廟に建っていた「極楽門」を秀頼の命により、移築したと伝わる。

 

港を出ていく船からの撮影。接岸している船は彦根からの船便で近江鉄道グループ(西武鉄道の子会社)。